白露(はくろ)第四十三候 くさのつゆしろし

先週、日本列島を駆け足で通り抜け、各地に甚大な被害を与えた大型台風、そして昨日の北海道の地震により被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。

 

さて、学会員の時井真さんより最近の活動報告を寄稿して頂きましたので

ご紹介させていただきます。

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Researcher (Max Planck Institute for Innovation and Competition)

北京大学法学院博士課程

時井 真 (TOKII Shin)

今回活動報告をさせて頂けることになり嬉しく思います。私は、北海道大学法科大学院で知的財産法を学んだ後、司法試験を経て東京で代理人弁護士として特許侵害訴訟や特許無効審判等に従事しました。その後、北京大学法学院に進学し、現在は、北京大学法学院博士課程に籍を置いたまま、昨年9月から、ミュンヘンにあるマックスプランク知的財産法・競争法・租税法研究所(以下MPI)で研究を進めています。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

(MPI正門の前で著者 ↑ )

研究テーマは、特許進歩性というもので、ごく簡単に書くと、特許請求した技術内容が、出願時点で公開されている技術と異なる場合に、特許権付与(特許無効)の可否をどのような基準で判断するのかいう論点です。東京で特許訴訟や企業知財部の法律相談に従事していた時期には、ほぼ毎日、この論点と格闘し、自分自身こんな論文があったら仕事をしやすいのではないか、あるいは、実務上の取り決めはそうであってもなぜそう決められているのだろうか等感じることがあり、それをそのまま研究テーマにしました。幸いにも今年8月に、MPIでの業績と、日本や中国の恩師、MPIの上司の再度の支援を頂き、2回目の任期延長が認められ、9月で3期目の任期に入ります。この報告では、MPIでの普段の研究の様子なども紹介してみたいと思います。なお、マックスプランクは、理系分野も含むドイツ全土に広がる巨大な研究組織であり、ここで記載するのは全てミュンヘンの知的財産法・競争法・租税法研究所のみです。

なぜ中国からマックスプランクへ?

北京大学法学院博士課程では、2年目以降、指導教官の同意があれば、中国以外で研究することも可能です。私の場合は、博士課程の前に高級進修生(visiting scholar)で既に北京大学に在籍しており、博士課程に入学する前に、日本法と中国法の比較論文が博士論文の草稿として最低限卒業できる字数にて中国語で完成していました。そこで、当初は、博士課程1年目に単位を全て取得して日本に復帰し、残りは弁護士に復帰した後、仕事の合間に適宜上記論文を若干修正しながら、必要に応じて北京に通う予定でした。しかし、世界の五大特許庁(日本、中国、アメリカ、欧州、韓国)から見ると、二カ所だけの完成で本当によいのか、あるいは今考えると、より大きいのは、中国知財の次の世代の主力が自分よりも若く、また研究、実務共に日本よりも遥かに層も厚いのを直接目の当たりにして、このままその評論家になってはいけないという思いもどこかにあったのかもしれません。いずれにしても、中国を離れてさらにMPIで研究することについては、北京大学の指導教官も快く承認して下さいました。

MPIを選んだ理由は、この研究所が、知的財産法の分野において世界で最も評価のある研究所の一つであることによるものですが、もう一点、中国特許法の沿革によるところもあります。すなわち中国が1985年に、特許法を含む専利法を制定した際、その多くの部分は欧州の影響を受けて成立しました。特に私の研究テーマである中国特許法の進歩性(創造性)は1970年代のドイツ法を母法にし、その後、中国独自の発展を遂げています。そうしたこともあり、中国法の比較法としてはドイツ法が最適であること、少なくとも自分の研究分野についてはドイツ語の読解に支障はないことから、進歩性についてドイツ最高裁や欧州特許庁の裁判例の統計分析を行うことを核とする研究計画書とともに、MPIに応募書類を送り、大学院時代の恩師との特許法の共著があったこともあって、採用してもらうことができました。

MPIへの応募の手順等

MPIには、外部のファンドから資金援助を受けて研究する客員研究員と、MPI自身が直接給与を払って雇用する研究員の2種類があり、私は後者です。MPIには、世界中の博士研究生を支援するというシステムがあり(但し半年間)、まずこれで採用された後、ミュンヘンでの研究成果等について、直属の上司だけではなく、複数の評価委員から一定以上の評価を受けることを条件に、半年を一期とする任期付きの通常の研究員になり、場合によってはこれをさらに更新することができます。もっとも、たとえ任期付きでもMPIが直接採用する研究員には、任期の定めのないMPIの欧米の研究者と全く同じ人事査定表が適用されることと、ここ1,2年、こうしたタイプの研究員の数を減らす方針を採用していることから、複数回の更新を実現するためには、研究所から相当に高い評価を得なければなりません。研究テーマは、研究所が求めている大分類のテーマの中から選びますが、自分で持ち込むテーマであっても、研究価値があると認められれば、そのテーマで研究することができます。

MPIでの日々

私の場合は、自分の研究テーマとの関係で最低でも二期以上は必要で、複数回の更新を実現させることが初めから必要と認識していましたから、一期目と二期目は、新しい内容に挑戦というよりも、時間を掛ければ確実に業績が出る内容を優先するという方針で臨みました。そこで、分析対象はドイツ最高裁や欧州特許庁の裁判例、審決としつつ、分析の手法としては、日本や中国で既に出版した論文と同様の手法を用いました。もっとも、読むべきドイツ語の裁判例や審決例だけでも合計700件はあります。今すぐの評価を受けなくとも、MPIならば大量に残した分析報告書が将来になって、誰かが活用してくれるかもしれないと考え、弁護士として依頼者に提出していた鑑定書と同様の方式と品質で作成したため、朝来て終電で帰る日々でした。

毎月の報告書については、内容的に複雑な箇所については母国語である日本語以外の言語で作成することが難しいことから、まず、日本語と英語(引用部分についてはドイツ語と中国語も含む)で原稿を作っておき、月末の2日程度で4つの言語を全て英語に統一する作業を行い、平均して毎月A4で30枚程度の報告書を提出しました。

最後の任期である三期目は、終了していない裁判例の解析に加えて、従来理解されてきたアメリカの法と経済学に対する見解をMPIで集約したいと考えています。一つしかない考え方が信じられるかという作業は、幾つか前例はあるものの、成功は難しい。それに比べれば、どちらの考えが優れているかという視点であれば比較的容易ですし、なぜアメリカとは別にドイツにMPIがあるのかということにも繋がりますので、可能な限りで批判的な内容を中心に集約したいと考えています。

給与の額は、十分に頂いているとだけ記載しておきたいと思います。ただし、ドイツは所得税の実効税率や強制保険等が高額ですので、天引き額も大きいです。

 

MPIの強み

面白いと思ったのは、この研究所が直接雇用している研究者が選択しているテーマです。私の「特許進歩性全般」のような、この分野の人なら誰が聞いてもわかるようなメジャーな論点をそのまま扱うというタイプのものは少なく、他の同僚のテーマだけを聞くと、一見するとそれが独立の知的財産法の研究として本当に成り立つのか、その意義がよく分からないようなタイプのものも多い。しかし次第にそのテーマが深い原理や実務の指針樹立に繋がっていることが分かることも多々あります。世界中から人が集まってそうした研究を行い、研究所がそれに対価を払って、研究所内部に大量に蓄積して活用する。狭くても深い研究を束にして持っているイメージでしょうか。

 

ミュンヘン

ミュンヘンは、著名な観光地であるのと同時に、歴史的建造物のすぐ隣で通常の経済・研究活動が行われている場所も多いです。

(レジデンツ横の通勤路 ⇊)

1918年まで続いたバイエルン王国の王宮レジデンツの向かいにMPIがありますし、観光客の集まるマリエン広場には主要な金融機関も集中しており、この街が同時に経済や研究の一大拠点であることを感じます。気候は、初夏の北海道やカリフォルニア州を思い出すような青空の日が長く続くことが印象的で、少し継続的に滞在してみると、観光スポットではない何気ない日常生活の中にもまた、別の大小さまざまな発見のある街なのだろうと思います。もっとも、そうしたところは、(青空以外は)北京も同様だろうと思います。

今後の抱負?

まず、博士論文に転用する膨大な量の報告書については、今度は中国語への統一作業が必要です。中期的には、世界の五大特許庁の残り2カ所(アメリカと韓国)について、自分の研究テーマを完成させ、さらに五大特許庁の幾つかのエリアについては実務の対象ともすることが目標であり、博士号を取得してようやく六合目といったあたりですが、時期を見て時間学の成果も取り入れていきたいと考えています。

「時間」の概念は、現在の研究テーマと密接に関連するものと考えています。もちろん、法律学ですので、最終的には数式ではなく、全て文章にし、またその適用結果も例示しなければなりませんが、裁判例の研究が過去に向かってのものであるならば、時間学は将来の変化を予測できる要素の一つになりうるものと期待しています。

時間学は、知的財産権との関係でも面白い視点が多々あり、例えば、失われた昔の技術を復活させた人の努力を知的財産権でどう評価するかという問題もあるだろうと思います。技術は時間の経過とともに進化して今の技術をもってすれば全部作れるような幻想がありますが、例えば、大和型戦艦の46cm主砲などの技術は既に失われて久しく、現在の日本で再度製造することは不可能、あるいは別のものを開発することになるだろうと言われています(この事例のように復活させても役に立たないものが多いかもしれませんが)。あるいは時間の経過と共に知識が豊富化するという前提自体が理論上も違うのかもしれません。ただ、これらはまだまだ構想段階で、公表するには時間学の諸先生方の知見等をさらに勉強させていただく必要があるだろうと思います。

( MPIの同僚たちと ⇊)

―写真左より―

・Aline Larroyed(ブラジル)

・著者

・Zaneta Pacud(ポーランド)

・Natale Rampazzo(イタリア)

(敬称略)

 

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